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戦場にかける橋 映画のロケ地はスリランカ 日本人キャストの早川雪州が素敵


日本人としてかなり複雑な「戦場にかける橋」。橋が架かった後は、斉藤大佐は切腹するつもりだったんですよね。それが、あんな風になっちゃうなんて・・・・・

戦場にかける橋

 

日本の武士道と英国の騎士道が交わって、奇妙な信頼関係が生じていたのに
全てが一瞬にして消えてしまった虚しい結末。戦争って・・・ラストの言葉「Madness」に集約されますよね。

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この映画はイギリスとアメリカによる合作で、敵国であった日本をちょっと見下してるような内容になっている。っていうのが私の印象。

 

日本人には、橋をかける技術や知識が不足している。だから西洋の技術を見せつけよう!っていうことなのかしらー!?そんなことないと思うんですけどー。

それから、日本人、イギリス人、アメリカ人、そしてタイ人やカナダ人の気質がよくわかるような内容になっていたのはとても興味深かったですね。

 

◆斎藤大佐の苦悩に共感

斎藤大佐を演じているのは早川雪州さん。
ハリウッドの創成期を支えたスターで、その色気で世界の女性たちをとりこにしていたそうですね!雪州に会うために恥ずかしい恰好はできない、って、アメリカの女性たちが着飾って雪州の映画を観に行ってたんだって~。
お若い頃の画像を見てみると、たしかに怪しい魅力が。

 

でも背が低くって、撮影の時に背を高く見せるために箱の上に乗ったりしていたらしいですね。そんなふうに身長アップさせる箱の事を、ハリウッドでは今も「セッシュ」って言うらしいね!日本でもそう呼ぶって聞いたような気もします。すごい影響力!それとも日本人の背の低さをバカにされてると憤るべきなのかな、どっちかわかりませんが・・・・。

 

雪州さんはチャップリンなどとも仲良しだったらしい。大成功してハリウッドにお城のような豪邸を建てたらしいですね。パリでも大人気だったとか。世界を股にかけて活躍する、世界のスターだったんですねぇ~~~~。日本に帰国して撮った映画では原節子さんを見出したそうですね。

 

そんな雪州さんが70歳代の時にオファーが来たという映画「戦場にかける橋」の斎藤大佐役。初めはどうしようか迷ったらしいんだけど、奥さんで同じくハリウッドスターだった日本人女優が後押しして、出演することになったそうですね。奥さん、グッドジョブです!雪州さんが斎藤大佐を演じたからこそ、この映画は特別になったんじゃないでしょうか。

 

斎藤大佐の心の移り変わりがはっきりと見て取れて、さすがは雪州さんの演技力です。もともとはモノづくりが好きで、イギリスの学校にも留学していたという斎藤大佐。期限までに橋を作れと言う上からの命令を遂行するために、イギリス人捕虜たちの言いなりになってしまう苦悩がヒシヒシと伝わってきます。

 

反発するニコルソン大佐を「オーブン」と呼ばれる独居房に監禁した後も、ちょっと心配そうにこっそり様子を観察したりして、「鬼大佐」になりきれない人間味が出ちゃっていましたね。橋の建設を間に合わせるために「恩赦」と称してニコルソン大佐におおきな譲歩をしました。捕虜の要求を受け入れるなんて、ものすごく屈辱的だったと思います。ニコルソン大佐との根競べで巻けてしまった斎藤大佐・・・ベッドルームで一人泣いていましたねぇ・・・・。

 

その後、イギリス人捕虜たちと橋建設の会議を重ねますが、主導権は完全に捕虜たちにとられちゃっています。お茶のタイミングも食事のタイミングも、斎藤大佐ではなくニコルソン大佐の指示です。それに黙って従う斎藤大佐・・・日本人にはろくな知識も技術も無い、って思われている場面のひとつです!!観ててちょっと悔しいです!

 

斎藤大佐が指揮を執った時にはまるで進まなかった橋の建設が、ニコルソン大佐の指示の元だと実に見事に進んでいきます!「楽しんで働く」というのは日本人の専売特許だと私は思っていましたが、それをイギリス人にすっかり奪われてしまいました。

 

斎藤大佐は、橋の建設が終わった暁には切腹しようとしていたようです。遺書や遺髪を残していましたよね。そうなっても悲劇でしたね。でも、もし橋が爆破されなくて、貴社が無事に通り、そのあとで斎藤大佐が切腹したとしても、ニコルソン大佐は尊敬してくれたかもしれませんよね。これが武士道なのか、って・・・。

 

それにしても、斎藤大佐の家は、掛け軸あったり花が活けてあったり、なんだか素敵ですねぇ。日本を意識しているんですね。普段は着物姿だし。でも寝る場所はベッドなんですねぇ~。

 

橋が完成して、列車が通った後に切腹しようとしていた(と思われる)斎藤大佐ですが、まさか、橋のたもとで若いカナダ兵から刺されて命を果てるなんて思ってもみなかった事でしょうね。

 

斎藤大佐が切ない・・・きっと多くの日本人に共感されていると思います。

 

 

 

◆ニコルソン大佐がマジメすぎる・・

イギリス紳士ってあんな風にスマートなのねぇ。
部下の士気を高めて統率する能力が凄い。信頼されているんですねー。
何かと斎藤大佐と比較されているような感じで撮影されているのはちょっと気に喰わないけど・・・・。

 

捕虜になったのに、口笛でマーチを吹きながら、整然と更新してくるニコルソン大佐の部隊。規律正しい兵隊さんたちなんですねぇ。

 

捕虜に関するジュネーブ条約を盾に、斉藤大佐に反発。銃殺、日射病などの危機に直面しても、毅然として誇り高く体面を保っていました。
特に、何日も飲まず食わずで炎天下の独居房に閉じ込められて出された時、捕虜となった連合軍の兵隊たちがみんな自分を見ていることに気づいたら、立つのだってやっとだったのに、胸を張って一人で歩きだした場面、とても感動しました。

 

捕虜でありながら、斎藤大佐のカウンターパート的な地位となったニコルソン大佐。どうせ作るなら立派な橋を、と決意します。何百年ももつという木を使ったりして。
日本に自分たちの技術を見せつけてやりたいし、捕虜となった兵たちには目標が必要だという持論のもとに、捕虜たちと日本兵たちは力を合わせて過酷な作業を繰り返し、とうとう立派な橋を完成させることができました!!!

 

「この橋をつくったことを誇りに思って欲しい」「戦争が終わって、この橋を渡る人たちに自分たちの事を思い出してほしい」など、熱い思いを持って、橋の完成を心から喜んでいるニコルソン大佐。彼の部下たちも完成を喜び、宴会では歌や踊りを披露して大いに楽しみました。

 

それなのに!!!
自分の味方である連合軍が橋を爆破しようとするのを知って愕然とします!
本来ならば味方が救出に来てくれた!と喜ぶはずなのに・・・・・
斎藤大佐を刺した若いカナダ兵を殺してしまいます・・・・

アメリカ兵シアーズから「この裏切り者!」と言われてハッと我にかえるニコルソン大佐・・・・爆破のスイッチのもとに虫の息で歩いて行きますが、命尽きて、スイッチの上に倒れてしまい、ちょうど汽車が通る時に爆破してしまうことになります・・。

 

あのとき、ニコルソン大佐はどうしようと思ったんでしょうか?
やっぱり最後まで橋を守りたかったんでしょうか?
それとも日本兵を亡き者にしなければ、今は戦争なんだ、っていうことを思い出したんでしょうか。

 

どんな時でもスマートに任務をこなしているニコルソン大佐が死んでしまうのはすごく悲しかった。そして、橋を爆破するスイッチを押してしまうのが、結果的にニコルソン大佐だなんて・・・・・

 

 

日本の要人を乗せた汽車が、箸が爆破されたことで次々に川に落ちて行く地獄絵図・・橋の両側に立っていた日本兵や捕虜たちも一緒に命を落としてしまったようです・・・。

 

「みんなと同じ場所にいたくない」と、山の上から列車の見物をしようとした軍医クリプトンだけが生き残ってしまい、「Madness,Madness」と叫んだところで映画は終わりました・・・・。

 

この悲劇は、ニコルソン大佐がまじめ過ぎたからなのかなー、とも思ったんですけど、違いますね。戦争が全て悪い。

 

 

 

 

 

 ◆ロケ地はスリランカ

この映画のロケ地はスリランカ。実は私、橋が架かっていた跡地に行ったことあるんですよー。でも、撮影から何十年もたっているし、跡形もないんですよねー。もったいない。実際に橋を建設して、実際に爆破し、実際に汽車を川に落としたんですって。まぁそうですよね。CGなんて無いのでねぇ。

 

でも、斎藤大佐の部屋の天井ファンを上げ下げする役のおじいさんの親戚にあたる人に出会ったりしましたよー。

 

 

まだまだ書きたいことがあるんですけど、続きはまた後日!!!!


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